ライター(大学ジャーナリスト)石渡嶺司のブログ


by reiji0
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内定辞退は大正時代にも

 内定取り消しは学生にとって、大問題、
「×社、ふざけんじゃねーよ!」
と叫ぶこともあるでしょう。
一方、企業の採用担当者からすれば、内定辞退こそが大問題。
「あれだけ第一志望と言っておきながら内定辞退とは、ふざけんじゃねーよ!」
 と叫ぶこともあるでしょう。
 なお、法的には内定取り消しは労働法などにひっかかる可能性大。一方、内定辞退は法的には合法です。矛盾しているようですが、それだけ学生の立場が強いということですね。

 さて、この内定辞退、採用担当者からすれば、いまどきの学生は、と言いたくなることでしょう。
 では内定辞退はいつ頃からか、忙しいのか暇なのか分からない小生、調べたところ、大正時代にさかのぼることが判明しました。
 まあ、調べたと言っても、『日本就職史』(尾崎盛光、文藝春秋、1968)を読んだだけなんですが(麻雀で言うと、ダブルリーチ一発ツモ)。

 被害にあった企業は住友本社。今だと住友商事でしょうか?
 大正10年、ある学生が住友本社に履歴書を出して採用されます。
 内定学生は重役に呼ばれて、ホテルのレストランで会食の席に招待されます。この学生、偶然、理事(今で言うと、常務か副社長くらい?)の向かいの席。
 会食に招待された答礼を述べることになりました。

「今お話のあった通り入社の上は住友を偉大ならしめるために努力します」

 おお、もの凄い大見得!
 重役や理事は、こういう学生が住友の将来を担ってくれる、と期待したに違いありません。

 ところが、直後に学生は興銀に採用が決まります。当然、住友本社は辞退。当然ですが、さんざん叱られます。
 さらには…

「住友では随分気を悪くしたらしく、翌年の採用試験の時に、学生達に向って私のことを話して、今年は住友に入る決心をして来た以上ああいう真似をされては困る、と前もっていい渡したそうだ」

 とのこと。1年たっても、まだ恨み言とはよほどのことだったのでしょう。
 まあ、いくら大正時代で今より規模が小さいと言っても、それでも住友財閥の中核会社。その重役・理事の前で大見得切った後に内定辞退ですから、怒り狂うのも分かるような。

 この学生は戦後、東京都民銀行の頭取にまでなった工藤昭四郎氏。住友グループが東京都民銀行と取引したかどうかは不明ですが。

 就活の歴史に内定辞退の影があり。いつの世も、採用担当者を悩ませる、内定辞退の一席でした。おあとがよろしいようで。
by reiji0 | 2010-06-14 18:58 | 日記